更新日:2025/12/6
呼吸が荒くて病院に連れていくと、胸に水がたまって、肺に影があります。
このような状況は少なくありません。
肺は癌に限らずとても転移がしやすい臓器なので、
肺以外の部分の腫瘍から肺に転移をすることも多いです。
犬や猫の肺がん、あるいは他の腫瘍からの肺転移は、
せきを繰り返したり、少し動いただけで呼吸が苦しくなったりと、
日常生活に大きな負担を与える病気です。
こうした「肺の病気による呼吸苦」を和らげるために、
動物病院や自宅で使われることが増えているのが 酸素室(在宅酸素療法) です。
この記事では、
肺がん・肺転移に伴う呼吸苦と酸素室の役割 に焦点を当てて、
- なぜ息が苦しくなるのか
- 酸素室が役立つ場面と限界
- 自宅で使うときの注意点
- 導入を考えるタイミング
などを、獣医師の立場からわかりやすく整理します。
肺転移しやすい腫瘍
肺に腫瘍を発生しやすい腫瘍は肺癌以外に、
・組織球性肉腫
・血管肉腫
・乳腺腫瘍
・肛門嚢アポクリン腺癌
・メラノーマ
・リンパ腫
などたくさんあります。
いずれの腫瘍も肺に転移をすると癌性胸膜炎を引き起こし、胸水が溜まって呼吸が苦しくなります。
最終的にどうなるでしょうか?
また、どうすればいいでしょうか?
放っておくとどうなる?
胸水が溜まってくるのを様子を見て置いておくと、
胸水はどんどん溜まってくるので、呼吸がどんどん苦しくなり、
最終的には呼吸困難になることで低酸素となり亡くなってしまいます。苦しくなる前になにかしらの対応が必要です。
また猫ちゃんは口を開けて呼吸しているときは相当苦しいときですので注意しましょう。
胸水が溜まるペースを下げるためや、呼吸を楽にするために、以下に提示する3つの方法はとても大切、かつ、とても効果が期待できます。
苦しいのを見ているのは辛いですが、できることを最期まで探ししてあげることで、楽になりますので、可能な限り全てやってあげましょう。
【苦しい】に対してできること
胸水が溜まると呼吸が苦しくなってしまうのでなんとかしてあげる必要があります。
できることは大きく分けて3つあります。
①胸水を抜く
エコーにて胸水を確認しながら細い針を刺して胸水を抜きます。
一般的な体格のわんちゃんなら1度に数百ミリリットルの胸水が抜けます。
あまりに短期間に繰り返す場合は胸腔ドレーンという廃液チューブを設置することも可能です。
②内科的に胸水を減らす
癌性胸膜炎に対しては炎症を減らすためにステロイドを使用することで炎症を和らげ、また胸水の溜まるペースを下げることができます。
また、ステロイドで食欲が少しでも出れば、栄養管理を十分にしてあげることで腫瘍免疫力もあがり腫瘍の進行や胸水のペースを下げることにも繋がるので大切です。
また胸膜炎をひかすために抗がん剤(カルボプラチン)を胸腔内に投与することで、胸水が減少するとも言われており、実施することもあります。
③酸素室で生活をする
これがなにより大切です。
入院しているおじいちゃんおばあちゃんが鼻に管をいれてる、それです。
胸水が溜まったり転移が進行すると確実に最期は呼吸が苦しくなるので、
酸素室に入ることで、呼吸能力が下がってきても効率的に酸素交換ができ、呼吸を楽にしてあげれます。
酸素室はほとんどすべての動物病院にあるので、酸素室に入ることは簡単ですが、
がんを患った後の貴重な1日1日は最期までおうちで過ごすことが何より大切です。
そのため、病院ではなく自宅×酸素室で過ごすことも可能です。
長年ともに生活をした犬猫にとっても自分のおうち=テリトリーがあり、いつもの寝床やトイレ、ごはん、景色、匂い、家族などで満たされており、それを『安全基地』と言います。
最期までゆっくり安心して安全基地で過ごす場合は、可能なら苦しくなってからではなくなるべく早期に酸素室を設置しておくと安心です。
初めは、苦しくないときは普段通りに生活し、
夜寝るとき、お留守番のときなどひとり不安なときに酸素室で安全に過ごします。
また、興奮した後など突然苦しくなったときに機械から出る高濃度の酸素を吸入させてあげることで突然の急変に対応することができます。

在宅酸素療法とは?
在宅酸素療法とは、
自宅に設置した 酸素濃縮器+専用ボックス(酸素室) を使って、
・空気中(約21%)より高い濃度の酸素
・一定時間以上、安定して吸える環境
をつくる治療サポートのことです。
肺がんや肺転移がある動物は、
肺の「ガス交換の面積」が減ったり、炎症・水・腫瘍などで圧迫されたりして、
通常の空気だけでは十分な酸素を取り込めないことがあります。
その不足分を 「酸素濃度の高い空気で補う」 のが酸素療法の役割です。
肺がん・肺転移で呼吸が苦しくなる理由
肺がんや肺転移があると、次のような理由で呼吸が苦しくなります。
・肺の一部が腫瘍で置き換わり、正常な肺胞が減る
・腫瘍周囲の炎症や水(胸水・肺水腫)が増え、肺が膨らみにくくなる
・胸腔内の腫瘍や転移リンパ節が大きくなり、肺を外側から圧迫する
・痛みや不安で呼吸数が増え、疲労しやすくなる
その結果として、
- 安静時でも呼吸数が多い
- 少し動いただけでゼイゼイする
- 苦しくて横になれない
といった状態に陥りやすくなります。
酸素室は、「壊れてしまった肺を治す」のではなく、
残っている正常な肺で、できる限り効率よく酸素を取り込む ためのサポートです。
酸素室が特に役立つ場面
肺がん・肺転移がある子で、酸素室が有効になりやすいのは次のような場面です。
・安静にしていても呼吸数が多い
・夜間に呼吸が荒くなって眠れない
・少し歩くだけで息切れして座り込む
・胸水や肺水腫の治療後も「息苦しさ」が残る
・高齢や持病があり、長期入院がストレスになりやすい
「救急レベルの急性呼吸不全」ではまず病院での集中治療が優先ですが、
退院後の自宅生活や、進行期の緩和ケア で酸素室が大きく力を発揮します。
肺がん・肺転移でよく見られる症状
犬・猫の肺がんや肺転移では、次のような症状が見られます。
・乾いたせき、あるいは発作的なせき
・運動するとすぐにハアハアする
・呼吸数が多い/浅い
・胸やお腹を大きく動かす努力性呼吸
・じっと座ったまま動かない(伏せや横向きで寝られない)
・元気・食欲の低下
・体重減少
・進行すると、チアノーゼ(舌や粘膜が紫っぽい)、失神など
また、肺転移では
- 乳腺腫瘍
- 骨の腫瘍
- 血管肉腫
- 皮膚・口腔内の腫瘍
など、原発の腫瘍による症状 が同時に存在することも多く、
呼吸症状と合わせて全身状態を評価する必要があります。
肺がん・肺転移の子に酸素室を使うときのポイント
肺がん・肺転移に対して酸素室を使う際の実際的なポイントです。
■ 酸素濃度の目安
・軽度の呼吸苦:おおよそ 25〜30%
・中等度:30〜40%
・重度:40〜50%前後まで
濃度を上げればよいというものではなく、
「呼吸数・努力呼吸・落ち着き具合」を見ながら、かかりつけ獣医師の指示で調整 します。
■ 使用時間
・初めは「数時間単位」で様子を見て、
呼吸が落ち着く時間帯(夜間など)を中心に使うことが多いです。
・進行期では、ほぼ常時酸素室にいるケースもあります。
■ 温度・湿度管理
・酸素室内は熱がこもりやすいため、エアコン併用が必須です。
・目安として、室温は 22〜25℃ 前後、湿度は 40〜60% 程度が望ましいです。
■ 設置場所
・静かで、人の出入りが少ない場所
・直射日光を避ける
・家族の顔が見える位置に設置し、孤立感を減らす
酸素室の「できること」と「できないこと」
■ 酸素室で「できること」
・呼吸の努力を減らし、体を休ませる
・少しの動きでも起きていた息切れを和らげる
・夜間や発作的な呼吸苦の「逃げ場」を作る
・治療(抗がん剤、放射線、胸水排液など)を継続するための体力を支える
・終末期の苦痛を軽減し、穏やかな時間を増やす
■ 酸素室では「できないこと」
・肺がんそのものを小さくする、治す
・転移を止める
・せきや痛みを完全に消す
酸素室はあくまで 「症状緩和(支持療法)」 であり、
腫瘍に対する根治治療ではありません。
そのため、
- 手術
- 抗がん剤
- 分子標的薬
- 放射線治療
- 痛み止めや咳止め
などと 組み合わせて考えること が大切です。
導入を考えるタイミングと話し合っておきたいこと
肺がんや肺転移の診断後、次のような状況になってきたら、
酸素室の導入を検討する目安になります。
・安静にしていても呼吸数が多い日が増えた
・階段や散歩が以前より明らかにできなくなった
・夜間に呼吸が荒くなり、眠れないことがある
・何度も救急で酸素ケージに入るようになってきた
・「今後の過ごし方」について家族で話し合いを始めたい
導入前に、かかりつけの獣医師と
- 予想される病気の経過
- 根治治療(手術・抗がん剤など)の見込み
- 「どこまで積極的な治療を行うか」
- 苦痛を減らすための緩和ケアの選択肢
を一度整理しておくと、その後の判断がぐっとしやすくなります。
自宅でできるケアと環境づくり
酸素室とあわせて、次のような工夫も呼吸を楽にする助けになります。
・段差や階段を減らし、移動距離を短くする
・散歩は「短く・ゆっくり・涼しい時間」に切り替える
・首輪ではなく、体への負担が少ないハーネスを使用する
・太り過ぎている場合は、獣医師と相談しながら無理のない減量を行う
・せきや痛みが強いときは、無理に運動させない
・食事は少量ずつ、回数を分けて与える(お腹いっぱいまで食べない)
・不安が強い子には、静かな音楽や照明を工夫し、安心できる空間を作る
肺がん・肺転移の子は、
「頑張らせる」よりも “いかに楽に、穏やかに過ごしてもらうか” が重要になります。
よくある質問(FAQ)
Q. 酸素室を使えば、肺がんは治りますか?
→ いいえ。酸素室はあくまで「呼吸を楽にする」ための支持療法であり、がんそのものを治すことはできません。
Q. どれくらいの時間、酸素室に入れていても大丈夫ですか?
→ 温度・湿度・水分補給が適切に管理されていれば、長時間の使用も可能です。具体的な時間や濃度は、必ずかかりつけの獣医師の指示に従ってください。
Q. 酸素室を嫌がることはありますか?
→ 初めてでは戸惑う子もいますが、多くは「呼吸が楽になる」体験を経て、むしろ自分から入りたがるようになることもあります。慣れない場合は、扉を少し開けた状態から慣らしていきます。
Q. 猫でも酸素室は使えますか?
→ はい。猫の肺がんや肺転移、胸水、喘息などでも在宅酸素療法が役立ちます。脱走防止のため、扉の開閉には特に注意が必要です。
Q. いつ「やめ時」を考えればよいでしょうか?
→ 「酸素室にいても常に強い苦痛が続く」「好きなことがほとんどできなくなった」と感じたときは、獣医師と一緒に「これからどう過ごすか」をあらためて話し合うタイミングです。正解は一つではありませんが、飼い主ご家族の価値観と、その子らしい最期を一緒に考えることが大切です。
呼吸が荒く酸素室が必要なことも多いです。
そのような状況の場合は以下を参考にしてください。
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